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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)125号 判決 1951年5月31日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人雨宮清明の上告理由について。

原審の確定した事実によれば、「本件係争家屋は、もと訴外仏国人ジョン・ワイルがその所有者訴外吉田忠正から賃借していたものであり、昭和二一年秋ワイルの帰国に際し、上告人において同人からその賃借権の譲渡を受けたのであるが、この賃借権の譲渡については賃貸人である吉田の承諾を得ていなかつたのである。吉田はワイルの帰国後上告人が本件家屋に居住しているのをワイルの女中であつた訴外橋本からワイルの留守居であると告げられ、それを信じてワイルの支払うものとして二、三回橋本を通じて賃料を受領したことがあつたが、その後上告人がワイルの留守居ではなく同人から賃借権を譲受けて右家屋に居住するものであることを覚知するに及んで上告人との間に紛争を起し、その解決をみないうちに本件家屋を被上告人に売渡すに至つたものであり、しかも吉田は右家屋売却前の賃料相当額の損害金は上告人より取立て得るものと考え、上告人と交渉の結果昭和二二年一〇月三〇日に至り同年一月分から一〇月分までの損害金として金一、一〇〇円を受領したものである」というのである。そしてこの原判決の事実認定はその挙示する証憑に照らし、これを肯認するに難くないのであつて、前記吉田が昭和二二年一月分から一〇月分までの賃料を受領したものの如くに見ゆる乙第二号証の記載のみを以てしては、いまだ右認定を妨ぐるに足りない。上告人は本件家屋につき前所有者である吉田に対し賃料を遅滞なく支払つていることは当事者間に争なきところであると主張するけれども、その然らざることは記録上明白である。原審は右認定にかかる事実と、本訴当事者間に争がない「被上告人が昭和二二年一〇月一〇日訴外吉田忠正から本件家屋を買受けその所有権を取得した」との事実及び「上告人が被上告人の右所有権取得前から該家屋を占有している」との事実にもとずき上告人は昭和二二年一〇月一〇日以前から前所有者吉田及び被上告人のいずれにも対抗し得べき何等の権原もなく不法に本件家屋を占有するものであると判示したのである。この判旨の正当であることは民法六一二条一項に「賃借人ハ賃貸人ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ譲渡……スルコトヲ得ス」と規定されていることに徴して明白であり、所論同条二項の法意は賃借人が賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸し、よつて第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしめた場合には賃貸人は賃借人に対して基本である賃貸借契約までも解除することを得るものとしたに過ぎないのであつて、所論のように賃貸人が同条項により賃貸借契約を解除するまでは賃貸人の承諾を得ずしてなされた賃借権の譲渡又は転貸を有効とする旨を規定したものでないことは多言を要しないところである。されば所論は結局事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした証拠の取捨判断若くは事実の認定を非難し、或は民法六一二条を誤解し正当な原判旨を論難するに外ならないのであつて採用の限りでない。

よつて民訴四〇一条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)

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